この記事は素子についての詳しい原理を解説している記事ではありません。素子の動作がイメージできるとっかかりになるように、要点を絞って紹介しています。
また私が設計をするにあたって参考にしている著書を紹介しておきます。
定本 トランジスタ回路の設計―増幅回路技術を実験を通してやさしく解析
CQ出版社 1991年 著者:鈴木雅臣
内容がとてもわかりやすく、オームの法則が分かっていれば電卓一台で大抵の回路が設計ができるようになっています。
トランジスタ回路設計の決定版なので、これから挑戦される方にはとてもオススメです。
より深く掘り下げたい場合は、Wikiなどに詳しく説明されていますので是非理解を深めてみてください。
トランジスタの仕組み
トランジスタは、図のように2種類の半導体からなる、3枚のウエハースのような構造になっていて、それぞれベース、コレクタ、エミッタと呼びます。
※外側がマイナスかプラスかの違いでPNP型とNPN型の2種類のトランジスタがあります。また、動作方法の違いで大別してバイポーラトランジスタと電界効果トランジスタ(FET)の2種類のトランジスタが存在しています。
トランジスタの種類についてはこの記事では割愛させていただきます。
信号が増幅される仕組み
真ん中のベースと呼ばれる部分は、他と違う種類の半導体が使われていて、ここに信号を入力すると、コレクタとエミッタの間の電流の流れやすさが変化します。
コレクタとエミッタには電源が繋がっていて、電源の間を流れる電流が入力信号に合わせて変化することで、あたかも大きな信号になって出力に現れているように見えるのです。
そのためこの動作を増幅といい、トランジスタは増幅素子と呼ばれることがあります。
どのくらい増幅できるかは、素子によって決まっていて、hfeというパラメーターで表されます。出力に現れる電流は
(出力電流) = (入力電流) × hfe [A]
になります。
入力信号を直接大きくするわけではない
「トランジスタは信号を増幅する素子である」という解説をよく見かけます。
この説明は半分間違えています。仕組みを見ればわかるように信号が直接大きくなっているわけではないからです。
ですから電源電圧より大きな電圧を取り出すことはできませんし、電流にも限りがあります。
ベースに入力した信号で、コレクタ-エミッタ間の電流をコントロールするので、正しくは「入力した信号で、大きな信号をコントロールする素子」と表現することができます。
トランジスタは単体では単純な動作しかできない素子ですが、複数のトランジスタを組み合わせることによって、様々な用途に用いることができます。
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トランジスタを使った回路
トランジスタは組み合わせ次第でスイッチやモーター制御、A/D変換、演算処理など様々な用途に使うことができます。
が、オーディオの回路に用いられているのはほとんどが増幅回路です。よく使われる回路をいくつか紹介します。
※ここでは説明のために、抵抗やコンデンサなどの素子を省いた図を紹介しています。回路の名前で調べれば、詳しい設計方法が出てきますので設計の際はそちらをご覧ください。
エミッタ接地増幅回路
- オーディオ用途の増幅回路としてもよく使われる回路
- 入力信号の(Rc/Re)倍の電圧の信号が出力にあらわれる
- Rcが出力インピーダンスになるので、増幅度を上げようとすると出力インピーダンスが上昇する。
トランジスタはグランドにどの端子を接地するかで動作が変わってきます。つまり他にベース接地やコレクタ接地(エミッタフォロア)回路というものも存在します。
そのなかでもなぜエミッタ接地がよく使われるのかというと
- 0〜数百kHzまでの信号を扱うことができる
- 増幅度が大きい
- 入力インピーダンスが大きい
といった特徴があるためです、ベース接地は数MHzまで増幅できますが入力インピーダンスが小さいため高周波の増幅に向いていて、エミッタフォロアは入力インピーダンスは大きいが増幅が1なので、後述するように別の用途で用いられます。
オーディオ回路では数百kHzまでの特性で十分に事足りるのでエミッタ接地が最適と言えます。
エミッタフォロア(コレクタ接地回路)
- 入力インピーダンスが高い
- 増幅度は1 (増幅しない)
- 出力インピーダンスが小さい
入力した信号を、低いインピーダンス(数Ω〜10Ω程度)で出力する回路( I = V/R より、出力インピーダンスが低ければ電流値は大きくなります)。いわゆる電流ブースターです。
インピーダンスが高いとノイズが乗る原因になります。増幅回路ではインピーダンスが高くなりがちなので、エミッタフォロアを回路間に挟むことでインピーダンスの整合を取ってノイズの発生を抑えるために使用されます。
ちなみにエミッタ接地増幅回路→エミッタフォロアと組み合わせると、これだけで簡単なヘッドホンアンプを作ることができます。
差動入力回路
- 業務で使われるバランス信号(XLRなどで送られる信号)を受ける際によく使われる回路
- プラスとマイナスの信号の差を取ることで、外部から侵入したノイズを除去した信号を取り出すことができる
- オペアンプの内部の入力部分には必ずと言っていいほど使われている
※回路図に誤りがあったため、訂正しました。ご指摘くださった方、ありがとうございました。(2023-01-13)
プッシュプル回路
- 2つのトランジスタがそれぞれ上側の波形と下側の波形を受け持っている
- エミッタフォロアよりも大きな電圧・電流を出力することができる
電力効率が良く、出力を大きく取ることができるため、機器の出力やミキサーのアウトプットに用いられることが多いです。
上側の波形と下側の波形をそれぞれ別のトランジスタが受け持っていることを表現したPush とPullを組み合わせた言葉になっています。
ダーリントン回路(接続)
- 大きな電流を出力できる
- パワーアンプなどに用いられる
図のようにトランジスタを縦に接続すると、出力電流が
(入力電流) × (Tr1のhfe) × (Tr2のhfe)
となるため、さらに多くの電流をコントロールすることができます。
パワーアンプなどのより多くの電流が必要になる回路では、ダーリントン接続することで大電流が必要なスピーカーを駆動させています。
その他
これらの他に、
- カレント・ミラー回路
- カスコード回路
- 負帰還増幅回路
などなどあります。複雑な回路でも、基本的な部分はこれら十数種類の型が組み合わさっているだけのことが多いです。
まとめ
- トランジスタは入力信号で出力信号をコントロールする素子である
- いくつかのトランジスタを組み合わせると一定の機能を持った回路ができる
- オーディオ回路で使われている型はそれほど多くない
アンプやミキサーを設計するにあたって、仕組みの理解はこのくらい知っていれば十分だと思います。
私も初めの頃はディスクリート回路というと、なんだか難しそうな印象を持っていました。
しかし回路図をよくよく見てみると型が組み合わさっているだけだということに気づいてから途端に面白く感じるようになりました。専用ICなどを使っていない分、かえって回路の動作は分かりやすかったりします。
さらに機材やエフェクターなどは、トランジスタの仕組みと代表的な回路を覚えておくと大雑把な動作を理解できて重宝します。
トランジスタと並んで回路の中で用いられているオペアンプの内部構造も上記の回路を知っていればだいたい理解できて、オペアンプの内部回路が理解できると、なにかと応用が利くようになります。
ぜひトランジスタの理解を深めてみてください。