MS録音という言葉を聞いたことはあるけど、原理や方法を知らない人も多いのではないでしょうか?普通のステレオ収録とは違う音場になるので、表現の一つとして知っておきたい手法ですが、馴染みが薄くて難しそうだというイメージがあるかもしれません。
でも全くそんなことはありません。足し算と引き算だけで説明できる単純な原理ですし、仕組みさえ分かってしまえば今すぐ出来るようになりますよ。
いつもとは違うミックスをやってみましょう!
MS録音の方法
準備するもの
- 単一指向性のマイク 1本
- 双指向性のマイク 1本
※双指向性のマイクがない時は単一志向のマイクを2本準備します。2本とも同じ型番のマイクにしてください。
今回はAKGのDRUMSET SESSIONについていたP150(現行機種はP170)というペンシル型のコンデンサーマイクと、Oktava ML52というリボンマイクを使用しています。
ZoomのH4nなどのフィールドレコーダーはMS録音に対応している場合があります。この場合は外部マイクを追加することでMS録音が出来ます。
収録
これらのマイクを画像のように配置します。
- 単一指向のマイクを収録する対象に向けます。
- 垂直に双指向性マイクを配置します。向きは対象から直角になるようにします。
※単一指向性マイク2本の場合は、双指向性のカバーエリアに合わせてそれぞれ左右に向けて配置します。
①で収録される音をMid(ミッド)成分、②をSide(サイド)成分と呼びます。MidとSideでMS録音、というわけです。
後は普通に録音してください。
ミックス
収録できたら以下の3つのトラックを準備してください。
- ミッド成分 Pan : Center
- サイド成分 Pan : Left
- サイド成分の波形を反転させたもの Pan : Right
※サイドをマイク2本で収録しているなら、片方のトラックを反転させてミックスしてください。
波形の反転には、波形編集ソフトやDAWのプラグインを使います。私の使っているDigitalPerformerでは「Invert Phase」というプラグインがあるのでそれを使いました。
①を上げた状態で、②と③を上げてみてください。定位が左右に広がっていくのが感じられるはずです。
MS録音
ステレオ(A-B)録音
普通のステレオ録音と比較すると、定位の仕方が随分異なってきます。
MS録音の原理
MS録音のやり方について分かったところで、原理について理解を深めていきましょう。
まず普通のステレオ収録について。通常は図のように、2本のマイクを広げて収録しますよね。
この方法は先ほども登場したA-B録音と呼ばれる方式です。2本のマイクに入っていくる音のバランスやタイミングが違うことで、立体感のある音になります。広く行われているやり方で、直感的で分かりやすいのが特徴です。
MS録音でもマイクは2本使いますが、左右には広げていません。なぜステレオで収録できるのでしょうか。その理由はマイクに入力される信号成分を考えると分かります。
単一志向のマイクを①、双志向のマイクを②とすると、①と②に入ってくるLR成分は、
- LとRが加算された L+R
- L成分と、逆相になったRが加算された L-R
となります。双志向性マイクの裏側から収録された音は逆相になるのが大きなポイントです。そしてミックス時に作成した3つのトラックでは、信号成分は以下のようになります。
- Mid成分 … L+R
- Side成分(+) … L-R
- Side成分(-) … -(L-R) = R-L
トラック2と3はそれぞれ左右にパンを振っています。そしてセンターのトラック1とミックスされると、
- トラック2 (L) … (L+R) + (L-R) =2L
- トラック3 (R) … (L+R) + (R-L) =2R
というふうになって、加減算だけでLR成分を抽出できるのです。原理は単純ですが、これを思いついた人には感心します。
余談 1 : 発明したのは英EMIのアラン・ブラムレインという人で、1934年に発明したらしい。
余談 2:FMラジオのステレオ放送でも、これと同じように主チャンネルをL+R、副チャンネルL-Rとして送出し、受信機側で変換させてステレオ信号にしています。これはすでに実用化されていたモノラル放送との互換性を保つのが目的です。
MS録音の特徴
左右の広がりを後から調整できる
トラック2,3のボリュームを小さければモノラルになり、大きくするとステレオになります。Side成分の大小でステレオ感の調整を簡単に行えるのがMS録音の最大の特徴です。
このようにSide成分の音量に比例して左右の広がり具合が変化してきます。上げすぎると気持ち悪い音になるのでほどほどにしておきましょう。
LとRに時間差がほとんどない
A-B録音ではマイクの位置が異なるためハース効果が発生しますが、MS録音ではマイクが同じ位置にあるためハース効果が起きません。使い方次第で表現手法として活用できますので、ハース効果がないことはメリットでありデメリットでもあります。
ハース効果とは?:同じ音量の音が多方向から来た時に、早く到達した方向に音が定位する現象のこと。
ペアマイクを準備しなくてもいい
A-B録音だとマイクの特性は左右で揃っていないといけません。高価なマッチドペアのマイクか、最低でも同じ型番のマイクが必要です。そうでないと左右で音質が違うので違和感を感じます。
MS録音でも厳密には2本のマイクの特性が揃っていないと正確なステレオイメージにはならないのですが、計算式をみてもらえば分かるように左右の音質が変わる心配はありません。違ったら違ったで、マルチマイクで収録しているようになって良い結果が得られることもあります。
マイキングが楽
A-B録音だとマイク間の距離や角度で定位が変化するため調整しなくてはいけませんが、MS録音はその必要なし。規定の置き方で、演者の立ち位置だけ考えれば良いので考えることが少なくてすみます。
MSマイクとは?
MS録音に必要な2種類のマイクを一体にしたマイクのことです。代表的なものとしてノイマンのUSM 69i が挙げられます。
これは指向性の切り替えができるダイアフラムを縦に2段積みしていて、さらに上のダイアフラムが回転できるようになっています。MS録音の時は上段のダイアフラムを90度回転させ、さらに双指向性にすることで、MS録音が可能となります。
まとめ
慣れていないと苦戦するマイキングについて考えることが少なく、省スペースで確実にステレオ感を出すことができます。もしかすると宅録と相性がいいかもしれません。ギターなんかにはもってこいです。
MS録音に特化したマイクは高いので、単一志向のマイク+安価なリボンマイクというのが手軽に試すことができて良いのではないでしょうか。ただしリボンマイクはゲインが小さくノイズが乗りやすいのでブースターがあると安心です。
また、DAWやインターフェイスがない場合は、MS録音に対応したフィールドレコーダーを購入するのも選択肢の一つです。H4nはオーディオインターフェイスの機能がついていて、しかもLE版のCubaseがついてくるのでおすすめです。
普段の録音の雰囲気を変えてみるのに、MS録音という手段はどうでしょうか?